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初期には帝政時代

ドン・コサック軍に対しては、しばしば否定的な評価がなされてきた。

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一般に、コサック集団は初期には帝政時代に推し進められた民衆への弾圧や農民の農奴化から逃れるための受け皿としての性格があった。これが度重なるロシア帝国への敗戦ののち、次第に体制側へ転換していき、19世紀には逆に弾圧する側の軍事組織と変貌した。ドン・コサック軍はその代表格であり、しばしば武力を持って民衆の生命を脅かしたため、多くの人々から恐れられ、忌み嫌われた。だが、その背景にはロシア人のコサックに対する差別もあった。

ドン・コサックが弾圧側の代表となっていった背景には、しばしばモスクワを脅かした強大な軍事力と巧みな政治力によりうまく体制側に取り入り、生き残ってきたという経緯があった。これに対し、同じく大きな勢力であったザポロージエ・コサックやヤイク・コサックなどは、他の道を探った結果軍事的・政治的な敗北により亡ぼされていった。ドン・コサックには、ロシア帝国の体制側に取り入ることより他に生き残る道は残されていなかった。

ロシア内戦期にも、ドン・コサック軍は皇帝への忠誠を守った。その結果、ボリシェヴィキとの戦争で赤軍に敵対し、ソ連時代には「悪役」の代表格として嫌われた。ソ連中期にはロシア国内への帰国が認められ、ソ連末期にはその名誉の回復も進んだが、現在でも一般に嫌われる傾向は薄まったとは言えない。また、「コサックの国家」を自認する人の多いウクライナでも、ドン・コサック軍は「悪いロシアのコサック」というレッテルを貼られ、嫌われる傾向が強い。

逆に、ドン・コサック軍に関係する人々の間では自らがドン・コサック軍の一員であることは強い誇りであり、現在もロシアの一部で伝統や習慣に基づいた独自の生活を送っている。

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2009年04月29日 07:08に投稿されたエントリーのページです。

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